銀緑茶具/#私たちのこと
Ⅰ. 素材が導く行動
英国製のアンティーク家具は、百年を超えてもなお使える。分解して整え、蜜蝋を塗り直せば、静かに艶を取り戻す。そこにあるのは「修理して使う」という文化の記憶だ。
私が長く愛用している島倉堂の鎚起銅器*1のミルクパン*2も同じだ。30年使い続け、こげが付着し内側の錫がすり減ったころ、メーカーに送ると、丁寧に錫張りをやり直し、表面も新品のように磨いて送り返してくれた。まるで再会した旧友のように、再び日常に戻ってくる。
素材ときちんと向き合うことで、「道具は使い捨てではなく、関係を続ける存在になる」。この感覚こそ、銀緑茶具の根にある思想のひとつだ。
Ⅱ. プロダクトが誘発する行動
エドワードグリーン*3のダブルモンク*5「ウェストミンスター」*6を履くと、自然と背筋に力が入る。雪の日には、ハンティングシューズで雪を踏む音が心地よい。旅の朝、リモワ*7のスーツケースを引くと、冒険の時間が始まる。
良いプロダクトは、人を動かす力を持つ。それは機能や美しさだけではなく、行動や感情を”誘発”する力だと思う。
銀緑茶具の道具もまた、「お茶を淹れる」という行為を、少しだけ特別な時間に変えたい。机の上の小さなティーバッグスタンドや、熱を逃さない銀の蓋。そうした一つひとつの形に、行動を変えるデザインを込めている。
Ⅲ. デザインとは
自分の足に合ったフルオーダー靴よりも、工業製品としてのエドワードグリーンの名ラスト808*8が美しく感じる。ジャガー・マークⅡ*9、ティレル*10のレーシングカー「ティレルP34」、英国海軍で水陸両用偵察機として使われたスーパーマリン ウォーラス*11。それらに共通するのは、機能を磨き込んだ先にある美しさだ。
銀緑茶具もまた、装飾でなく機能から生まれる造形を大切にしている。手に触れたとき、光を受けたとき、使う人の行動を少しだけ変える。その微細な変化の積み重ねが、暮らしに豊かさを与えるのだと思う。
Ⅳ. アートとクラフツのあいだ
アートは思想を伝える。クラフツは、生活のなかに思想を溶かし込む。
使われることで完成し、修理されることで時間をまとっていく。その過程に宿る”未完成の美”こそ、クラフトの魅力だと思う。
銀緑茶具が目指すのは、アートのように語られる道具ではなく、暮らしの中で少しずつ人と関係を深めていく存在。修理できる素材、行動を誘うデザイン、長く寄り添える構造──その三つの均衡が理想だ。
Ⅴ. つくること、育てること
僕らがかつて作った「握り石ダーマ」*4も、そんな想いから生まれた。手のひらで握るだけで思考がまとまり、落ち着く──安心を手元に置くための小さな道具だった。
銀緑茶具も、その延長線上にある。育てられる素材、美しく機能するデザイン、そして長く使うほどに愛着が深まる構造。
クラフツは「所有」ではなく「育む」もの。その感覚を、お茶の時間を通じてもう一度、現代に静かに蘇らせたいと思っている。
注釈
*1 鎚起銅器:金鎚で銅板を叩き起こして成形する日本の伝統技法。新潟県燕市などで受け継がれている。
*2 島倉堂:東京都の銅器メーカー。修理対応も行う老舗で、再錫張りなど長期使用を前提とした工芸的対応が特徴。
*3 エドワードグリーン(Edward Green):1890年創業の英国靴ブランド。工業的美とクラフツマンシップの融合で世界的評価を得ている。
*4 握り石ダーマ:ミューゼオファクトリーによるプロダクト。銀を用いたハンドグリップ型のオブジェで、「手の中の安心」をテーマに制作された。
*5 ダブルモンク:バックルが2つ付いた革靴のスタイル。紐靴よりもフォーマルでありながら、着脱のしやすさと存在感を兼ね備える。
*6 ウェストミンスター:エドワードグリーンを代表するダブルモンクストラップシューズのモデル名。英国議会を想起させる格調高い命名。
*7 リモワ(RIMOWA):1898年創業のドイツの高級スーツケースブランド。アルミニウムやポリカーボネート製の堅牢で機能的なデザインが特徴。
*8 808:エドワードグリーンのラスト(木型)番号。細身でエレガントなシルエットを持ち、同ブランドの美的基準を象徴する。
*9 ジャガー・マークⅡ:1959-1967年に製造された英国ジャガーの高級セダン。流麗なボディラインと高性能を両立した名車。
*10 ティレル(Tyrrell):1970-1998年に活動したF1コンストラクター。6輪車P34など革新的な設計で知られる。
*11 スーパーマリン ウォーラス(Supermarine Walrus):1933年初飛行の英国海軍水陸両用偵察機。双翼複葉機で艦載カタパルトから発進し、海上救助や偵察任務に使用された。機能性を追求した堅牢な設計が特徴。
要約
本記事では、銀緑茶具の根底にある思想として、素材と長期的な関係を築くことの意義と、プロダクトが使用者の行動や感情を誘発する力について論じた。機能を磨き込んだ先にある美しさこそがデザインの本質であり、アートとクラフツの違いは、思想を伝えるか生活に溶け込ませるかにある。クラフツは「所有」ではなく「育む」ものとして、現代の暮らしにおいて修理可能な素材と長く寄り添える構造の重要性を、お茶の時間を通じて再認識させることを目指している。
