この記事は銀緑茶具を始めるまでのストーリーの1話目です。個人の話がメインとなりますがご容赦ください。
Ⅰ 新しい冒険をもとめて
銀緑茶具を始める前に9年やっていたプロジェクトがある。ミューゼオ*1というコレクターが博物館をウェブ上に作れるサイト、利用者の方が登録してくれた登録コレクション数も約100万までいったがコロナの余波も受け継続性を担保する収益モデルが作れず自分のターンはある日終わった。
ミューゼオを承継して立ち止まった時に残っていたのは、シンプルなことだった。「得意なことにフォーカスする」「お金の循環をきちんと作る」。当たり前のことだけれど、これができていればたいていのことはなんとかなる。それと、続けることの大切さ。心が続くこととビジネスが続くことが重なる場所を見つけられれば、きっと面白いことができる。短期で稼げることは続かない、ゆっくり回り進み続けるドリル*2のようなものを作りたかった。
失ったのはそれまで稼いだ資金の大部分と、ちょっとしたプライド。でも不思議と取り戻そうという気持ちよりも、むしろ新しい旅と冒険を探したい感覚が強かった。また夢中になって探索できるフィールドはどこにあるだろう。
僕の祖先には納富介次郎*3という教育者・工芸家がいる。彼は明治期にフィラデルフィア万博*4の出展で審査官をやったり、各地に工芸学校*5を設立したりした。時代背景的には外貨獲得のための産業としてもだが、文化としての工芸を重視した点にも特徴がある。その思想の延長線上に、自分の今の活動があると感じることがある。
Ⅱ なぜ茶具だったのか
僕はコレクター気質が強くいろいろなものを集めてきた。革靴は400足くらいはあるし、スターウォーズのミニフィグ*6もたくさんある。でもそれらは、市場価値とかではなく興味と探索の軌跡として積み重ねられてきた。いわゆる価値のあるものを集めるのではなく、欲しいと思ったものを素直に集めてきた。茶道具もその一つで中国茶の茶壺*7(急須)だけでも30くらいはある。その中で、いまの自分のティーライフにもっと楽しめる道具を作りたいと思ったことが、銀緑茶具の出発点となった。
ミューゼオのサブプロジェクトだったミューゼオファクトリー*8で唯一成功した製品は、欲しい人が心から欲しいと想いを抱き、それを確かな技術で作った握り石ダーマ*9という製品だった。そこにこそ探索の余白があると感じた。茶具という分野にはお茶と工芸デザインという日本の強みがあり、小さくても世界を目指せる可能性がある。
ビジネスと過去の興味はこの延長線上にある。ロマンは世界とつながること。
世界中のクラフツマンと敬意を持って関わり、新しいものを共に生み出す。その過程で世界を少しずつ理解していけることに小さな喜びを感じる。
ミューゼオで学んだフォーカスの重要性は、分野とモデルの明確な絞り込みとして具体化されている。
Ⅲ 名前と思想の設計
コロナ明けの再出発期、いろいろな感性を取り戻すために音楽ライブに足を運んだ。新しいバンドに日本語名*10のものが多いことに小さな感銘を受けた。自分たちも世界へ小さく船出するなら日本語で行くのも良いと思った。銀緑茶具の運営会社名「ノイエルガルテン」はドイツ語の「新しい庭という意味」。庭をモチーフにしており緑がテーマカラー。また銀は昔から惹かれてきた素材だった。お守りのような意味合いを感じることもある。それらが自然に重なり「銀緑茶具」という名になった。
銀は鉱物的で硬質、緑は植物的で柔らかい。二つの対比は素材だけでなく、存在の象徴でもある。鉱物と動植物、変化と静寂、強さとやさしさ、時間と生命。銀緑という名には、そうした二極の均衡が込められている。また緑と銀が代表する天然素材で作ることは大事に育めるモノづくりにつながり、それこそが環境共生の基本概念とも思っている。また銀には磨いていくことを、緑には深めていくことを。この2つの願いも名前に込めた思いの一つだ。
Ⅳ 時代と新しい構想
ブランドのコンセプトには「Preserve & Evolve(守り、進化する)」という言葉を置いている。
人間は変わり続ける存在であり、その変化は破壊を伴う。
それでも、歴史やつながりを大切にしながら変化していくことは可能だと信じている。
SNSの発展は、世界を狭くしただけでなく、個人の表現をつなげる場を広げた。問題も多いが、良い点に絞れば「つながる」という力がある。私が惹かれるのは一時的な接続ではなく、継続し循環する繋がりだ。お茶やクラフトという共通の好奇心で世界中の人とつながり、時間をかけて新しいものを育てていく。そうしたチームが国や文化を越えて広がることにロマンを感じる。
この構想は「DAO的*11」と感じている。自律した個が敬意を持ち寄り、互いの背景を尊重しながら新しい価値を生み出す。破壊や”民主化”ではなく、共鳴と継続によって成り立つ次の社会の形を模索している。
Ⅴ 美しい共生
人間は変化し、時に破壊しながら進む。それでも、人間以外の存在を意識し、「大事にする」という感覚を持つことができれば、共生を長くできる筈。リサイクルや保護といった制度ではなく、感性としての「大事にする」はこれからも守っていきたいことの一つだ。
銀緑茶具の初期製品はすべて工芸家との共創によって生まれる。工芸とお茶は、いまの日本に残された数少ない競争力の一つだと思う。それは単なる経済活動ではなく、文化理解の手段でもある。
銀緑茶具は、その延長にある小さな実践であり、
過去を尊重しながら未来を育てる”共生のかたち”を静かに模索している。
注釈
*1 ミューゼオ:コレクション管理・共有プラットフォーム。2013年よりスタート。個人のコレクションをデジタル博物館として公開・共有できるWebサービス。https://muuseo.com
*2 ドリル:ここでは継続的に回転しながら前進する工具の比喩。持続的で着実な成長を表現。モチーフは熱血ロボットアニメのグレンラガン。同作は遺伝子の螺旋構造とドリルをテーマにしている。
*3 納富介次郎(1844-1918):明治期の教育者・工芸家。佐賀県出身。フィラデルフィア万博等の国際博覧会で日本工芸品の出展に関与するほか、全国各地に工芸学校を設立した。
*4 フィラデルフィア万博:フィラデルフィア万国博覧会(1876年)は、アメリカ合衆国建国100周年を記念してペンシルベニア州フィラデルフィアで開催された、アメリカ初の本格的な国際博覧会である。世界37か国が参加し、最新の産業技術・美術工芸・農業製品などが展示された。日本からも初の本格的国家参加として官民合同の出品が行われ、明治政府は「開化日本」の姿を示す絶好の機会と位置づけた。この博覧会を通じて、日本の工芸・意匠・教育制度に西洋のデザイン思想が大きな影響を与えた。
*5 工芸学校:明治期に設立された職業技術教育機関。納富介次郎は石川県工業学校(現・金沢美術工芸大学の前身)、富山県工芸学校、福井県工芸学校などの設立に関与。西洋技術と日本の伝統工芸を融合した教育を目指した
*6 ミニフィグ:レゴブロックの人形。スターウォーズシリーズの限定版などコレクターアイテムとして人気
*7 茶壺:中国茶で使用する小型の急須。紫砂(しさ)と呼ばれる宜興の陶土で作られたものが特に珍重される
*8 ミューゼオファクトリー:ミューゼオのサブプロジェクトとして運営されていた、コレクター向けの限定グッズ製作・販売事業。職人との協働によるオリジナル商品開発が特徴
*9 握り石ダーマ:ミューゼオファクトリーが開発したハンドグリップ。925シルバーを使用し、手に馴染む形を一つずつ鋳造で作った。職人による一点物の手作り製品として人気を博し、テレビ番組で特集されるなどした。現在も販売中。
*10 日本語名:Official髭男dism、羊文学、緑黄色社会など、2010年代後半から注目される日本のバンドの多くが日本語名を採用している傾向を指す
*11 DAO的:Decentralized Autonomous Organization(分散自律組織)の概念を参考にした、中央管理者なしに自律的に運営される組織形態
