成松 淳

本記事は銀緑茶具を始める前の話の2話目です。個人の話が中心となりますがご容赦ください。

プロローグ:ダンアロマでの出会い

20代の頃、最寄り駅から自宅へ向かう途中に「ダンアロマ」というカフェができた。最初のオーナーである久光氏の美学と情熱が詰まったその場所には、一風変わった客たちが集まっていた。

仕事を始めたばかりの僕は、親の影響もあって紅茶とコーヒーを愛していた。ある日、年上の常連さんからふいに投げかけられた一言が、僕の人生を大きく変える。

「君、紅茶好きって言ってたけど、銀の茶器で紅茶を淹れたことある?」

その問いが、銀器との長い関係の始まりだった。久光氏の紹介で顧客でもあったアンティーク販売を生業にしている方と話し百貨店で開かれていた販売会を訪ねた。そこで僕は、運命のような一つのティーセットと出会うことになる。

Ⅰ  1910年の銀器との出会い

英国のアンティークティーセットは、たいてい装飾的で華やかだ。だが僕の目に留まったのは、驚くほど小ぶりで控えめな作品だった。

1910年頃に作られた、925シルバー製のティーセット。ティーポット、ミルクジャグ、シュガーポットの3点セットで、ホールマークもすべて残っており、その出自がはっきりしていた。

ティーポットの容量は300ccほど。紅茶を2杯分淹れられるちょうど良い大きさ。磨かれた銀の輝きと、取手や蓋の木部の温もりが、静かな調和をつくっていた。そのシンプルで正直な造形に、一目で心を奪われた。

価格は当時のシンプルなロレックスと同じくらい。20代の僕には勇気のいる買い物だったが、迷いはなかった。「この出会いを逃してはいけない」という直感だけが、背中を押した。

Ⅱ アラジンのランプが語りかけるもの

銀器で淹れた紅茶は本当に美味しいのか。そう言われていたが、実際は少し違う。銀は熱伝導がよく、保温性に優れるため茶葉の回遊が起こりやすい。一方でミネラルの溶け出しにより、味が微妙に変化することもある。

僕の体験では、ダージリンなど渋みのある紅茶は銀器で淹れると驚くほどまろやかになる。だがそれ以上に大切なのは、お茶の時間そのものの意味が変わるということだった。

目の前で光を放つ銀器と向き合う瞬間、他のどんな茶器でも得られない特別感がある。僕にとってそれは、アラジンのランプのように、日常の奥にある小さな魔法を呼び起こす存在だった。

Ⅲ 100年を超えて輝き続ける価値

銀器は手入れを怠るとすぐに曇る。定期的に磨き、丁寧に扱う必要がある。その手間こそが、時間と向き合う儀式のように感じられる。

このティーセットは、もう100年以上を経ている。僕が出会ってから30年、形も輝きもほとんど変わらない。木部以外の部分は「変わらないことの美しさ」を教えてくれた。

もし当時に戻れるとしても、僕はきっと同じように買うだろう。理由は簡単だ。30年経った今も、変わらず特別な時間を作ってくれるからだ。

Ⅳ ドアを開き続ける人生

この銀器との出会いは、僕にとって大切な「ドア」の一つだった。それまでは新しい茶葉や味への興味が中心だったが、銀器を通じて「道具そのものの物語」に関心が移った。

ネイティブアメリカンジュエリー、古いカトラリー、そして手仕事の痕跡が残る器具たち。気づけば僕の人生は、ドアを開き続ける旅になっていた。

この「ドア」という言葉は、漫画『宇宙兄弟』の一節から借りたものだ。「人生にはいくつもドアがある。ドアを開き続けることで人生が作られる。」まさにその通りだと思う。一つのティーセットが、僕の人生に新しい扉を開いてくれた。

Ⅴ 工芸の可能性

みんなが大事に使い、必要があれば修理しながら、ものを「共に長く生かす」こと。その感覚の中にこそ、本当のサステナビリティがあると思う。

銀器や木、漆といった素材には、その思想が自然に宿っている。特別な時間を支えるものは、自分にとっての「相棒」であってほしい。そして、そうした素材や技術を継承する工芸家たちが健やかに活動を続けられる社会を作りたい。

どんなに良いものでも、出会いがなければ残らない。だからこそ「体験の場」を提供することが、次の時代に文化を渡す小さな方法だと思っている。

Ⅵ 銀緑茶具というドア

銀緑茶具のコンセプトは、「すべてのお茶の体験を、特別なものに変えられるか」という問いにある。

素材、工法、そして時間。どれもが「新しい世界へのドア」であり、同時に「特別な時間へのドア」でもある。

かつての名前候補は「石木茶具」だった。鉱物と植物、硬さと柔らかさ。この対比をもっと開かれた言葉にしたくて、銀と緑を合わせ「銀緑茶具」と名づけた。

僕がつくりたいのは、ただの道具ではない。忙しい現代の中で心が静まり、五感がゆるむような”時間”そのものだ。

エピローグ:人生の相棒

このティーセットを手に取るたび、静かな幸福が訪れる。磨かれた銀面に光が反射し、湯気の向こうに過去と現在が重なる。

100年を超えて輝き続ける銀器は、「真に価値あるものは、時を超えて愛され続ける」ということを教えてくれた。

僕が目指すのは、そんな道具を現代の工芸家たちと共に生み出すこと。一つのティーセットとの出会いが開いた扉は、今も僕の人生を豊かにし続けている。

そして、その向こうに見える新しい庭を、銀緑茶具という名の下で静かに耕していきたい。

注釈

*1 ダンアロマ:1990年代に都立大学駅近くに作られた喫茶店。オーナー久光氏の独自の美学と空間設計などで知られる。今も大切に承継されて店は続いている。

*2 シルバー925:銀含有率92.5%のスターリングシルバー。英国ではホールマーク制度により真贋が管理されている。

*3 ファーストフラッシュ:ダージリンなどで春摘みの新茶を指す紅茶用語。繊細で香り高い。

*4 『宇宙兄弟』:小山宙哉による漫画作品。「人生にはいくつもドアがある」の一節は登場人物の一人の名言。

要約

20代での偶然の問いかけから始まった銀器との出会いが、30年を経て著者の人生観と事業構想に深く影響を与えた記録。1910年製の英国アンティーク銀器ティーセットとの遭遇は、単なる道具の購入を超え、「道具の物語」への関心、持続可能性への独自の視座、そして銀緑茶具という新たな工芸ブランドの誕生へとつながった。100年を超えて輝き続ける銀器から学んだ「真の価値」と「時間との向き合い方」が、現代の工芸家支援と文化継承という未来志向の活動へと結実している。一つの出会いが開いた扉が、人生を豊かにし続ける実例として描かれる。

銀緑茶具の発起人兼創業者。レシピサービスのクックパッドの初代CFOやコレクション投稿サービスのミューゼオ創業者などを経て現職。紅茶と中国茶を愛する。そのほかに革靴コレクションやレゴのミニフィグコレクションなどにも毎日の楽しみをもらっている。