銀緑茶具の始まりに至る三つの話の3話目です。引き続き個人の話が中心となります。
記憶の中の茶室と香り
茶の出会いは、幼い頃の記憶から始まる。戦前から残っていた祖父母の家は洋風建築にも関わらず、洋室の応接の片隅には小上がりの茶室が設けられていた。祖母がお茶を教えていたこともあり、その空間は洋と和が混在する不思議な雰囲気に包まれていた。子供心にもその独特な雰囲気は印象深く、今でも鮮明に思い出すことができる。
母もまた、そうした環境で育ったせいか、日本茶も愛しながらも、紅茶やコーヒーをハンドミルで挽いてドリップしたコーヒーやフォションのアップルティーの金色に輝く美しい缶などを楽しんでいた。フォションの缶から取り出される茶葉でつくるミルクティーは、今でも特別な記憶として心に残っている。
自身の最初の茶体験として鮮明に残っているのは、幼少期にロイヤルミルクティー*1を小鍋で初めて作った時のことである。きっかけははっきりしないが、鍋の中で沸々と沸く牛乳に紅茶葉を入れる瞬間の風景は、なぜか強烈に記憶に刻まれている。煮出すことで生まれる濃いミルクティーの色合いは、今でも無条件に好きな色である。
文学が開いた憧れの世界
幼少期に愛読したバーネット*2の「小公子」「小公女」、そしてトールキン*6の「ホビットの冒険」「指輪物語」などには、登場人物が紅茶やコーヒーを嗜むシーンが描かれていた。それらの描写は、茶の時間に対する憧れを育んでいたのかもしれない。物語の中で描かれる茶の時間は、単なる飲み物の摂取ではなく、特別な時間と空間を演出する重要な要素として位置づけられていた。
こうした文学的な体験は、後の自身の茶に対する姿勢に少なからず影響を与えていたと思う。茶は単なる嗜好品ではなく、時間と空間を豊かにする文化的な営みであるという認識が、この頃から芽生えていたのかもしれない。
大人になってからの「二つのドア」
茶に対する私の関心が大きく変化したのは、仕事をし始めてからのことである。この時期、僕は二つの重要なドアを開くことになった。
一つ目は、自宅の最寄り駅にできた「ダンアロマ」というカフェでの出会いである。そこで私はシルバーウェアとの出会いを果たし、同時に中国茶という新しい世界に足を踏み入れることになった。特に印象的だったのは、鳳凰単叢*3との出会いである。それまで慣れ親しんでいたダージリン*4とは全く異なる方向性での華やかさに、「これは本当にお茶なのか?」という衝撃を受けた。
二つ目は、「京都セレクトショップ」というネットのティーショップとの出会いである。ここで私はいろいろな地区の紅茶、ルフナやダージリン、ニルギリ、そして台湾茶の味に触れることになった。これらの前後関係は定かではないが、いずれも近い時期の出来事であり、茶への関心を決定的に変化させる契機となった。
特定茶園という新たな視点
「京都セレクトショップ」を通じて、私は特定の茶園で栽培された茶葉を飲むという体験を知った。これは私にとって大きな発見だった。それまで漠然と「紅茶」として捉えていたものが、実は生産地域、茶園、さらには摘み取り時期によって全く異なる個性を持つことを実感したのである。
ダージリン*4には摘み取り時期によってファースト、セカンド、オータムナルという区分があり、味わいもかなり異なる。最初はこれを体感することからスタートした。他の地域の茶葉にはダージリン*4ほど明確な区分は見かけないが、それぞれに出回る時期があり、季節感を伴って私の茶生活に彩りを添えるようになった。また後年出会った青山ティーファクトリーからはスリランカティーいろいろなことを学ばせてもらった。スリランカ系の茶葉は、さらに地域内でさまざまな地域に区分されている。インド系、中国系、台湾系、そして最近では和紅茶も相当に広まった印象である。これらの多様性が、時間をかけながら少しずつ私の茶の世界に浸透してきた。
道具への関心の広がり
茶への関心の深化とともに、自然と茶器への興味も広がっていった。最初の銀器との出会いから始まり、ティーセット、ティーストレーナー*5、ティースプーンへと関心は広がった。中国茶に親しむようになってからは茶壺にも興味を持つようになり、ヴィンテージのティーカップなども少しずつ収集するようになった。
ただし、これらの道具は茶そのものを楽しむための媒介物として位置づけられていた。道具は茶の美味しさを引き出し、茶の時間をより豊かにするためのものであり、茶こそが主役であることに変わりはない。
継続する探求の日々
仕事の忙しさなどで深掘りをしていない時期もあったが、私の一日はほぼ毎日ミルクティーから始まる。アッサム、ルフナ、各社のブレンドティーなど日々茶葉を変えつつ楽しむ。
旅行に行ってもまずやるのは牛乳を入手することである。香港で牛乳を探し回ったのは、今となっては懐かしい思い出である(一方イギリスはだいたいホテルの部屋に置いてあったりする)。
振り返ってみると、私の茶への 「旅」 には明確な転換点があったというよりは、継続した体験の中でいろいろなドアが少しずつ開かれ、世界が広がってきた感覚がある。ロイヤルミルクティー*1との出会い、ダージリン*4での発見、さまざまな茶園や地域の茶との出会い、そして中国茶への広がり。さらには一貫した日本茶との生活。これらすべてが連続性を持ちながら、私の茶に対する理解と愛情を深めてきた。
好奇心がドアを開く
私が以前に主導していた「ミューゼオ」というプロジェクトには、「好奇心が世界へのドアを開く」というコンセプトがあった。これは茶の世界にも当てはまる真理である。最初の一杯のロイヤルミルクティー*1から始まって、一つひとつの好奇心が新しいドアを開き、それまで知らなかった世界へと導いてくれた。
茶の世界の豊かさは、単に多様性があるということではない。それぞれの茶が持つ固有の個性、それらが生み出される土地の風土、作り手の技術と哲学、そして飲み手の体験と記憶。これらすべてが複雑に絡み合って、一杯の茶の中に込められているのである。
銀緑茶具への想い
現在の銀緑茶具への想いも、この延長線上にある。私たちが提供したいのは、単なる茶器ではなく、新たな茶体験への入り口である。一つひとつの茶器が、使い手の好奇心を刺激し、まだ知らない茶の世界への扉を開くきっかけになることを願っている。
茶は決して完成された静的な世界ではない。常に発見があり、常に新しい驚きがある。地域の特性、季節の変化、作り手の個性、そして飲み手の感性。これらすべてが交わることで、茶の体験は無限の可能性を秘めている。
読者への扉
この記事を読んでくださった方々にも、きっとそれぞれの茶との出会いがあることだろう。それは幼い頃の記憶かもしれないし、最近の発見かもしれない。重要なのは、その出会いを大切にし、好奇心を持ち続けることである。
一杯の茶から始まる 「冒険」 は、決して終わることがない。新しい茶葉との出会い、新しい淹れ方の発見、新しい茶器との出会い。そのすべてが、私たちの茶の世界を豊かにし、日常に深みを与えてくれる。
茶の世界へのドアは、いつでも開かれている。必要なのは、そのドアを開こうとする好奇心だけである。銀緑茶具は、そんな好奇心を持つ方々とともに、新しい茶の体験を探求していきたいと考えている。
一杯の茶から始まった私の冒険 は、今もなお続いている。そして、これからも続いていくだろう。
注釈
*1 ロイヤルミルクティー:牛乳で茶葉を煮出して作る濃厚なミルクティー。イギリス発祥だが日本で独自に発展した。
*2 バーネット:フランシス・ホジソン・バーネット(1849-1924)。イギリス系アメリカ人の小説家。「小公子」「小公女」「秘密の花園」などの児童文学で知られる。
*3 鳳凰単叢:中国広東省潮州市鳳凰山で生産される烏龍茶。個々の茶樹から摘み取った茶葉で作られ、花や果実のような華やかな香りが特徴。
*4 ダージリン:インド西ベンガル州ダージリン地方で生産される紅茶。「紅茶のシャンパン」と呼ばれ、摘採時期により味わいが異なる。
*5 ティーストレーナー:茶葉を濾すための茶こし器具。メッシュ状の網でできており、ティーポットから注ぐ際に使用する。
*6 トールキン:ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン(1892-1973)。イギリスの言語学者、作家。『ホビットの冒険』『指輪物語』などのファンタジー文学の巨匠として知られる。
要約
この記事では、筆者の幼少期から現在に至る茶との出会いと探求の歴史を詳細に描写した。祖母の茶室での原体験、母の茶・コーヒー文化の影響、文学作品からの憧れを基盤とし、公認会計士時代の「二つのドア」(カフェでの中国茶・銀器体験、京都セレクトショップでの茶園指定茶葉の発見)が転機となった。その後、特定茶園の茶葉による地域性・季節性の発見、茶器への関心の発展を経て、現在の銀緑茶具への想いに至る過程を「好奇心がドアを開く」というテーマで一貫させた。記事は読者に対し、継続的な探求の価値と新たな茶体験への扉の開放を提示している。
